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己の定義を見直す...

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いつの頃からか、「根暗」という語彙が定着した日本(すでに死語かもしれないが)。
それから日本は何処に行き始めたのだろう...

「根暗」=暗い人種=ダメ、という図式が一般的に成り立ってはいかなかっただろうか?
根が暗いということと、静か、ということは別のものである。
深く内に沈み考えることをする状況にある人々さえも単純に「根暗」というジャンルに分別されて以来、なんだかこの国はおかしくなったのではないだろうか。

表向き明るいという人達の多くの内面は逆だったりする。
明るく振舞わなければ継続できない生命の摂理に近づいていっています。 それがマックスになったときに悲劇が襲う。
或る日突然顔見知りの人が自ら命を絶つという状況があった時に、ほとんどの人がアノ人がまさか、そんなそぶりは全然なく明るかった、というのです。
理解できませんか、そうした現象を。
自分の接する人々が、実は自分の姿を投影する自分の一部であるということに気づきたくないのか、または無知なのか。

人の心の内の本質的な部分に触れることをしない社会と人々の固定観念にも、私は強い憤りを覚えることが多かった経験があります。 大方は自分の思い込みで他者に対してのイメージを作り、そこで勝手に都合よく関係性を結んでいます。
真剣に向い合うべきことにその都度不器用にもしっかり対峙する時、人はずっしり重くなります。
そうした真摯な人々の姿までも「根暗」として処理してしまった日本の風潮。
受け入れ、向き合うことのできない精神的体力の薄い人間になった日本人。
個々の中でのベクトルが深みへといざない、それゆえに沈考していく時、そうした状態までも「暗い」として切り捨ててしまったこの風潮には今更ながらに問いかけたいことが山ほどあります。
楽しければなんでもいい、という軽さを求める逃避感覚もそうした現象に拍車をかけました。

しかし、それも過ぎたこと。
過ぎてしまった結果にアクセスしてじたばたするよりも、未来に向って本当に心の底からより良い未来を描いていき続けるスタンスの方が今は大切に想います。
いま一度、言葉と世間の風潮から受けた固定観念をそれぞれが書き換える時期が来ているのでしょう。
確かに「根暗」な人々は存在しますがそれは「陰湿」とは違います。
今の社会は陰湿さが蔓延している。
自分と違って見えるものに対して笑いながらいじめをする、排除する、そういう大人が作る社会。
子供が事件を起こすのは大人が持つ意識の真似に他なりません。

こうした事を時々己に静かに問いかけていただきたい、そんな風に想うのです。

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