腑に落ちる
言葉の中には身体に関係のある表現が多い。
中でも「腑に落ちる」という感覚は私の中で無言であって雄弁な大切な感覚だ。
それは私の中の永遠の「何故?どうして?」に連なるものだから...
たとえ人に頭が悪い、と言われたとしても、この感覚がないと最終的には何もわかってない自分が続いていくのだ。
ある意味消化力が弱いのかもしれない。
消化力が弱いと代謝のバランスが崩れやすいわけだから、当然ながらオツムへの適切な状態での供給力も悪くなる。
もっとも多くの人達は腑に落ちようが落ちまいが関係なく生きているようなので、深く思わずに過ぎていける幸せというのはあるのかもしれない。
そうして私のように解りたいと想う人間は実は罪作りなのかもしれない。
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